英語(特に古英語の西サクソン方言)はなぜ「サクソン人の言葉」なのに、
大陸のサクソン語よりも北海ゲルマン的なのか?
2025年12月9日
有限会社溝口製作所の溝口敬悟です。
うちは金属加工の町工場ですが、私は昔から言語の歴史が好きで、休憩時間に調べ物をしています。
よく「英語はアングロ・サクソン語だ」と言われます。
つまり5世紀にブリテン島へやってきたアングル人・サクソン人・ジュート人の言葉が基盤になった、という話です。
ところが、実際に比べてみると不思議なことが起こります。
大陸に残った「サクソン人の言語」=旧サクソン語(現在の低地ドイツ語・プラートドイツ語の祖先)は、北海ゲルマン語の一種ではあるが、どちらかというとオランダ語などのistvaeonicに近いと思われます。
むしろ古英語(アングロ=サクソン語)は、古サクソン語よりも北海ゲルマン語的であり、フリジア語などに圧倒的に近いのです。
具体的な比較表で比べてみましょう
| 現代英語 | 古英語(~1000年) | 現代フリジア語 | 現代低地ドイツ語 (旧サクソン語の子孫) |
|---|---|---|---|
| five | fīf | fiif | fief / fünf |
| goose | gōs | goes | Gans |
| us | ūs | ús | uns |
| day | dæg | dei | Dag |
決定的なのは「北海ゲルマン語の鼻音の消失」(Ingvaeonic nasal spirant lawと呼ばれる現象)です。
英語とフリジア語は完全にこの変化を受けていますが、大陸の旧サクソン語はその度合いが前者よりは低いです。
ではなぜこんな違いが生まれたのか?
現在の言語学・考古学の共通の見解は次の通りです。
- 大陸の旧サクソン語自体が、イングヴェオニック(北海ゲルマン語群)3言語の中で最も「イングヴェオニック性が薄く」、内陸ゲルマン(Istvaeonic)に近い性格を持っていた。
- イングランドに渡った「サクソン」と呼ばれた集団の多くは、実はエルベ川河口~オランダ沿岸域出身の、フリジア語に極めて近いイングヴェオニック話者だった。
- さらにローマ帝国末期(4世紀末~5世紀初頭)には、すでにイングランド東部に相当数の北海沿岸ゲルマン人が傭兵・移住者として定着していた。
結果として、イングランドのゲルマン語は最初から「純度の高いイングヴェオニック」で固まった。
だからこそ現代英語は、大陸の低地ドイツ語とは大きく離れ、逆にフリジア語と多くの特徴を共有しているのです。
結論
英語は「サクソン人の言語」ではなく、
「北海沿岸ゲルマン人の言語」だった、ということです。
金属を削っている合間に、こんな話を考えるのが好きです。















